現役の「東大生」が考える、過労死、うつ、イジメ。

心身共に健康な人間が、精神的に追いつめられた人間の気持ちをうまく想像するにはどうすればいいだろうか、ということをよく考える。

たとえば、過労死。
過労死するほど根を詰めて働けてしまう人は、命と仕事の優先順位が正しくつけられない間抜けなのだろうか?

たとえば、うつ病。
うつ病は、やる気や根性がないことを正当化するための甘えなのだろうか?

たとえば、いじめ。
いじめを苦にして死を選ぶ少年少女は、それに耐え抜くことができない心の弱い人間なのだろうか?

ぼくは、これらのすべてにはっきりと、心からノーを突きつけられる人を、世界にすこしでも増やしたい。

そのために、フィクションの力を借りる。

ガラスの階段

『賭博黙示録 カイジ』という漫画がある。

多額の債務を抱えた主人公たちが、それを帳消しにするため命がけのゲームに挑んでいくという物語だ。
この命がけのゲームの中の一つ「鉄骨渡り」は、ビルとビルを渡す足の幅ほどのか細い鉄骨を落下しないように進み、向かいのビルまでたどり着け、というものだ。

しかし、このゲームには落とし穴があった。

鉄骨を渡り切り、向かいのビルの扉を開けた瞬間気圧差によって生じる内から外への突風。これがある限り、参加者は絶対にゲームをクリアすることができない。

問題なのはここからだ。
じつはこのゲームには、クリアに至るための道がひとつだけ残されていた。

それが、ガラスの階段。

ビルとビルを渡すか細い鉄骨、その脇に、夜の闇に溶け込むように透明な階段がひっそりと、けれど確かに用意されていた。

参加者が本当にやるべきことは、恐怖を噛み殺して鉄骨を前へ進み続けることではなく、歩みを止め、すぐ横に在る階段をただゆっくりと登ることだったのだ。

暖かなビルの室内から高みの見物を決めこむ観客たちは、ガラスの階段に気づかず死んでいく参加者たちを嗤(わら)い、「安全」という至上の娯楽に浸る。

これが鉄骨渡りというゲームの本質だった。

だが、果たして…

彼らは観客たちが言うように、本当にバカで愚鈍な間抜けなのだろうか?

この漫画を読んだことがある人ならば、ほとんどの人がノー、と答えるだろう。

なぜか。

分かるからだ。
大なり小なり主人公たちに感情移入が出来ている、普通の人間ならば。

「鉄骨を渡れること」と「ガラスの階段に気がつくこと」というのは根本的に背反、両立不可能であるということが。

恐怖を乗り越えて鉄骨を渡っていくためには常軌を逸すること、通常では考えられないレベルで視野を狭めることが必要だ。鉄骨のすこしだけ先の部分に目線を固定し、ひたすら後ろ足を前に運ぶという狂気の単純作業に没頭することが不可欠だ。

しかし、そうして狂気の世界に足を踏み入れたが最後、鉄骨の脇に仄(ほの)見える隠しルート、ガラスの階段は視界から消え去り、その存在に気づくチャンスは二度と訪れない。

絶望に呑まれないためにすがった狂気が、希望に至る道を完全に閉ざしてしまうのだ。

こんなもの、右を見ながら左を見ろと言われているようなものだ。
どだい無理な話なのだ。鉄骨の上に立たされた時点で、もうすでに個人の意志や能力でどうにかできる問題ではなくなっている。彼らは決してバカでも愚かでもない。

物語を通せば、ぼくらにはこういうことが当たり前に理解できるし、だからこそ彼らを嗤うことはない。

改めて、考えてみよう。

果たして、

過労死は、自己責任だろうか?

うつ病は、甘えだろうか?

いじめにより自殺する若者は弱いのだろうか?

答えは言うまでもない。

彼らは、鉄骨渡りの参加者によく似ている。
漫画の世界と大きく違うことは、他の参加者が見えているかどうか、ということだ。

いまこの瞬間、いじめに苦しむ若者には、別の学校で同じようにいじめに苦しむ仲間の存在など見えない。

彼らはいつだって独りだ。

暗闇のなか、たった独りで先の見えない鉄骨の上を歩いている。

天才的な閃きをもつ物語の主人公でさえ、多くの仲間の死をきっかけに間一髪、ガラスの階段の存在に気づくことができたのだ。

それをたった独りでやれ、と言われて無事にクリアできる人間がどれだけいるのだろうか?クリアできない人間をどうして嗤うことができるだろうか?

ぼくらがまずやるべきことは、彼らの狂気を嗤うことでも、彼らの弱さを糾弾することでもなく、彼らの苦しみにすこしでも思いを馳せることだ。

「もっと他の逃げ道があったでしょ」と嘆く前に、その「逃げ道」がガラスの階段であることを理解することだ。

そして、ならばそもそも鉄骨の上に彼らが立たされないためにはどうすればよいのか、あるいはよかったのかを問いつづけることだ。

鉄骨の上で立ちすくむ人々に対して、強者の理論をむやみに振りかざす「観客」たちが少しでも減ることを、切に祈る

(編集:細田哲也)

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クワガタ

現役東大生ライター。ラジオと映画と星野源と筋トレと、言葉をつくす練習中です。